8月25日
辺野古の海へ
沖縄の在日米軍普天間基地の代替地として候補に挙がっている名護市へリポート海上基地。名護市の現場「辺野古」のおじい、おばあたちを中心に、2004年4月から連続座り込みはこの日で494日。ボーリング調査活動を阻止し続けている「命を守る会」の現場に行った。
辺野古は人口約1500人足らずの漁業の町。小さな漁港の眼前の美しい海は、建設予定のヘリポート3000メートルの滑走路にほとんど覆い尽くされる格好になる。海上300メートルおきに30カ所以上のボーリング調査を行う予定で、そのための4つのやぐらが建設されている。「守る会」のメンバーは早朝7時にやぐらに陣取り、9時からのボーリング調査を阻止しつづけている。「私たちの運動は非暴力ですから。」と説明して下さった方は強調された。
時折メーリングリストに流される琉球放送の映像つきニュースで、海上のやぐらの周りで調査船と見張り船が激しくぶつかりあう風景や、やぐらの上でもみ合う風景をみた。浜辺では運動会などに使われるテントが3張りほど。その中で昨年4月から1年以上座り込みが続いている。海上活動とテントでの座り込み活動、運動を支えるみなさんのこれまでの苦労は並大抵ではなかっただろう。
この日ちょうどピースボートに案内された韓国の一行50名がテントを訪れ、交流が行われているところに遭遇した。
ピースボートの共同代表の吉岡さん:「昨夜の船の上で『辺野古や沖縄の人たちと私たち韓国人は魂でつながっていると』語られた。世界中から米軍基地をなくそう!」
スタッフの女性:「8年前初めてここに来て、おじいが『孫になった』と言ってくれた。国や軍隊は国境を越えられないが、私たちは越えられる。」
韓国人の映画監督キムさん:「アメリカは北朝鮮が脅威だと言うが、本当の脅威はアメリカだということを私たち韓国人は知っている。」
落語会の菊千代さん:「辺野古は東アジアの平和をつくるさきがけの運動だ。」
トイレを借りようとテントの前の漁協の施設をうろうろしていたら、地元の若い漁師さんに話しかけられた。
「何処から来たの?」「地元の人はほとんどが基地を仕方なく受け入れているんだよ。反対しているのはわずかな人たちと外部の人たち。」「基地は地域振興になり、一時的でもお金をもらえるのはありがたい。お金がないと幸せになれない。」
すぐ近くに米軍の総合訓練基地「キャンプ・シュワブ」がある。1959年に受け入れた。(私の生まれた年だ。)「どうしてできたのか。」と親の代に尋ねると「仕方がなかった。」という答え。同じ答えを子どもたちにしたくないと座り込みを続けるおじいやおばあたち。
ちゅら海を守りたい想いと平和への想いは、お金には換えられないのではないだろうか。およそ16年ぶりの沖縄は、初めて訪れた際の「基地の町として悲しい印象」はそのままだった。
沖縄基地問題は、全国的には衆院選の大きな争点にはなっていない。
しかし、イラク派兵、アジアの平和など、国政にとって最重要な課題は多い。
郵政民営化だけでなく、これらの大切な問題をしっかりと考えて投票したいものだ。
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